決して、桧山家での生活に心が病んでいるわけではない。
でも、やっぱり滝さんたち使用人は私を〝奥様〟として一線引いて接するし、残念ながら匡さんからも愛情を持って接してもらえているわけでもない。
なんというか、生活の中に私への特別な情がひとつもない状態なのだ。
そうなると、毎日じわじわと抱かざるを得ない疎外感や自分の存在意義をうまく見つけられず、メンタルが落ちることもそりゃあ多少はある。
だから、一カ月前、庭先に相葉くんの姿を見つけ初めて声をかけた時、私の『少し隣で見ていてもいいですか?』という問いに、彼が戸惑いながらも『いいっすけど……』と返してくれたのを聞き、心の底からホッとした。
それから毎日隣にしゃがみ込むようになった私を不思議そうに見ていた相葉くんも、話すうちにどうでもよくなったのか、普通に接してくれるようになった。
『まぁ、こんな豪邸でお手伝いさんのいる生活に急に放り込まれたってなかなか馴染めないですよね』
そう私をフォローしてくれていた彼は次第に私に気を遣わなくなり、今や面と向かって『恐怖でしかない』と声に出すほど打ち解けている。
私を〝奥様〟として見ない相葉くんとの会話は、気が楽だった。
「これは完全に興味本位なんですけど。結婚式とかハネムーンとか、どれだけ豪勢だったんですか? 確か、美織さんの卒業式の三日後だったって話でしたよね」
相葉くんに聞かれ、頭の中にそのときの光景が思い出される。たった一カ月しか経っていないのに、なんだかずいぶん昔のことのように思えた。



