赤ちゃんを授かったら、一途な御曹司に執着溺愛されました



私は対価としての賃金が目的ではなく労働自体を経験したいのだから、そういう問題じゃないのだ。

それに、週末は匡さんが色々と連れ出してくれて、私が少し長めに手に取っていた物は片っ端から買い与えられるという、恐ろしいショッピングをしているので欲しい物もない。

「……いえ。もういいです」

そろそろ匡さんは出る時間だ。
これから仕事なのに、嫌な雰囲気なまま送り出したくはない。ひとまずは私が引く形に収め、玄関まで歩く。

桧山グループは一族経営で代々引き継がれている、由緒正しい家柄だ。
なのでイメージ的に、スーツを着せる手伝いをしたり、玄関先まで鞄を持ったりするものかと思っていたけれど、匡さんは基本的に私に何も求めない。

勇気を出して一度『もっと匡さんのお手伝いがしたいです』と申し出たのに、任せてもらえたのはネクタイの収納や選出だけで、そんなところも、〝役立たずな自分〟と思う頻度に拍車をかけていた。

匡さんの説得のために持ち出した〝存在意義〟という言葉が、私の中で赤く点滅していると気付いたのは、最近だ。

働かざる者食うべからず、という諺をもしも体現していたら、今頃私の体はペラペラだ。それくらい、嫁いでから何もしていないし何もさせてもらえない。

フローリングと玄関部分のグレーの大理石調のタイルは段差はなくフラットで、広さとしては十畳以上はある。

そんな広々とした玄関で悠々と革靴をはいた匡さんは私を振り返ると「行ってくる」と距離を縮める。