「笑いません。大変なお役目に不安を覚える方を、おかしいとは思いません」

「ありがとうございます」


元は村娘だったのだから、尊い身分のお方に会うのに緊張するのは当然だろう。

ただの末端貴族である自分のことさえ、いまだに敬称をつけて呼ぶほどだ。身分差は巫女の中にずしりと横たわっている。


歌は、後世に祈りを繋ぐためにつくられた。神への捧げ物を忘れぬようにつくられた。


紙に残し、壁画に残し、それでもまだ足りぬ、口伝も必要だということで、詩がつくられ。

ただ語るよりは歌い継ぐ方が覚えやすかろうと、歌がつくられた。


確かに、祝詞だけよりは、音程がある方が覚えやすい。


巫女がただ息を吸うだけ。音はないたった一呼吸は、捧げ物だと知らしめる、うつくしい音の始まりだった。


うつくしく、自然で、清らかな歌を聞くのが好きだ。


巫女の祝詞はいつも神々しくうつくしい。頭の中で尾を引く声を、鍛錬の間も、見回りのときも、ふいに思い出す。


この方を見損なってはいけない、と思った。


村娘と侮ってはいけない。幼い娘と侮ってはいけない。


こうして選ばれるだけの理由も、選ばれてからの努力も、そばで見てきた自分はよくわかっている。


清廉な娘だった。

懸命な娘だった。

痛ましい娘だった。


『わたし、花売りになりたかった』


役目が決まったばかりの頃、月明かりにかき消えた呟きを、密かに聞いた。


私はあなたを花売りにすることはできないけれど、寄る辺をなくした薄明かりに、暗い窓辺に、ささやかな花を飾るくらいなら。

いつも窓の外を見てばかりいるこの娘に、花を贈るくらいなら、お節介を焼いても許されるだろうか。