炊屋姫(かしきやひめ)の誓願により、仏像の制作が始まったわけだが、工に任命した鞍作止利(くらつくりのとり)の働きによって、仏像の制作も確実に進んでいっていた。

そんな中、厩戸皇子(うまやどのみこ)が以前から造営していた斑鳩宮(いかるがのみや)がいよいよ完成し、皇子はいよいよそちらに移ることとなった。

斑鳩宮はここ小墾田宮(おはりだのみや)から見て、北よりやや北西に入った所に建てられている。

また稚沙(ちさ)の実家がある額田部(ぬたたべ)は、小墾田宮から斑鳩宮に向かう途中に位置している。

そういう意味でいうなら、斑鳩宮は稚沙の実家ともわりと近い所である。

「厩戸皇子、この度は新しい宮がお立ちになられて、本当に良かったです」

稚沙は厩戸皇子の新しい宮の造営が無事に完成し、我が事のように喜んでいた。

「ありがとう、稚沙。私も自身の宮がこの度完成して、とても嬉しく思っているよ」

先日厩戸皇子の新しい宮が完成したことを聞いていたので、今日皇子に会ったら是非とも祝いの言葉を伝えようと、彼女は決めていた。

「斑鳩宮に行く道中には、額田部の住居もありますので、また是非寄ってみて下さい。皇子がお越しになるとなれば、額田部の皆もきっと喜ばれるでしょう!」

「そうだね。君の一族にはとても助けられてるし、一度立ち寄ってみるのも良いかもしれないね」

厩戸皇子は笑顔でそう話した。

「あ、そうだ。稚沙、折角だし久々に和歌を一つ詠んでくれないか?」

「え、今ですか?」

稚沙は厩戸皇子からの意外な提案少し驚く。
皇子の前で和歌を読むことは今までにも何度かあったが、彼から和歌を所望されるのは初めてだった。

「もう夕方頃なので、私もそろそろ斑鳩宮に帰らないといけないからね」

(あぁ、確かにもうそんな頃合いだった)

「分かりました、厩戸皇子。皇子の斑鳩宮の完成を喜んで、一つ詠ませて頂きます!」

「あ、稚沙ありがとう。君の和歌は本当に素晴らしいからね」

厩戸皇子はとても嬉しそうにして、そう稚沙に話す。それぐらい彼女が詠む和歌はとても素晴らしいものだった。

(斑鳩宮はここより北寄りの方角だし……よし、これにしよう!)


「飛鳥より、見ゆる北星、斑鳩の、梅雨の夜さえ、いと愛しき」
※愛しき:うつくしき

「北星……北斗七星のことか?」

厩戸皇子はなる程と、とても感心して彼女の和歌の意味を読みとく。

「はい、飛鳥から見える北斗七星の先に、斑鳩宮があります。
そして光輝く星は本当に美しく、とても愛しく思えるものです」

稚沙は和歌の意味を皇子にそのように説明する。
斑鳩宮の発展と、これからの仏教の教えの素晴らしさが沢山の人達の光となるように。

(でも、この和歌の光とは厩戸皇子、あなたのことでもあります。そんな光輝くあなたが愛しくてたまらないと……)

稚沙はこの歌に、厩戸皇子への想いも秘めて詠んでいた。