「どうしてですか」

「今この瞬間は、明里を独り占めしているから。そうやって話す声も、笑顔も、まばたきさえも全部」

思いがけない彼の言葉が、ただあまりに嬉しくて、涙がこぼれそうになってしまう。

そんなわたしの手をとって彼がまたゆっくり歩き始める。
まだ裾さばきがおぼつかないわたしに合わせて、ゆっくり隣で歩を進めてくれる。

もし自分のなかに幸せをしまっておける容れ物があるとしたら、この数時間であふれてしまったと思う。
溺れそうな手を掴んでいてくれるのもまた司さんで。

「新店舗の開店にこぎつけてひと段落したら、京都に足を運ぶつもりなんだ」
歩きながら司さんはそんなことを話してくれた。
着物を仕事にするなら、やはり京都という地を抜きには語れない。
半分は仕事、半分はプライベートになってしまうけど、とこちらに視線を落としてゆっくり告げる。

「明里と一緒に行きたい」

コクコクと頷きながら、これはきっと夢だと臆病な自分がささやいている。
こんなに幸せなことがあっていいはずないもの。