「はじめましてこんにちは!今日からこちらで家事代行をします、百瀬花音です。」

 花音がなんと先生の家で家事代行をするのだという。しかも先日のバーの出来事は覚えていないのか何も触れない。ここでカノンを引いたのが俺だというのも気づいていない。彼女にとってそれくらいの存在だと気付くと、悔しさがこみ上げつい反抗的な態度をとってしまった。

 仕事をしながら家事をするというので、少しでも負担を減らしたいと思った。だは、洗濯は自分でするとうまく伝えられなかったり、朝食も簡単なものでいいと伝えたかっただけなのに、嫌味のような言い方になってしまった。その後、誤解が解けると笑ってくれた。花音の笑顔は太陽みたいだ。

 ある日、二人で食事をしていると、「あの、もし、よかったら…ピアノを聴かせてもらえませんか?」と花音から申し出てくれた。
嬉しかった。彼女の興味がすこしでも俺に向いた気がして。



 そうして思い出のあのカノンを弾いたら、それはもう驚いた顔をしていた。
期待より下手だったか?選曲ミスだったのか?内心焦っていると、「貴方!KEIなの?!」と聞いてきた。意外だった。一緒に暮らしている以上、知っていれば聴いてくると思っていたからだ。

 するとなんとCDも持っていて、コンサートも聴きに来ていた。ファンだったのにこんな男で幻滅したのだろうか。彼女の目に涙がたまっていく。ポロっと宝石のようなしずくが彼女の白い肌に零れ落ちた。思わず焦る。

「さ、サインとか嫌ですか?!もう一曲弾いてくださいとか、わがままですか?!あ、どうしよう手が震えて…!」

 ファンだから嬉しくて泣いている?そう気づくとこちらも温かい気持ちになった。彼女の震える手に手を重ねる。もう一方の手で恐る恐る彼女の涙を拭った。
きょとんとする彼女がふいに愛おしく感じて、気づいたときにはキスをしていた。