通学路は森の中なのに、山を下りれば市街地だ。

人の住む街の気配がする。

「昔ここは、全部こんな山だったのかな」

 通学路と原生林を分ける境界線のフェンスの向こうには、深い闇の森がある。

「ハク、空から落としたとき、地上の様子までは見てなかったんだって」

「なんでそんなことしたんだろ」

 荒木さんは……。

あの白銀の龍は、人には分からないからと、何も言わなかったけれど……。

午後の日に輝く、美しい姿を思い出す。

頭上の夕焼けに一番星が輝いた。

それはとてもとても小さくて、遠い星だ。

「悪いけど、私にはそんなこと、どうだっていい。初めてなの、こんな気持ち。だれかと一緒にいて、嫌じゃないっていうか、何でも話せるっていうか……」

 彼女の歩く足取りは、とてもとてもゆっくりで、今にも止まってしまいそう。

「ハクってね、何でも聞いてくれるのよ。私の話をいつでも聞いてくれて、いつも応援してくれるの。自分だって困ってるのにだよ? 『私は急がないから』って言ってくれて。優しいの。助けてって手を伸ばしたら、いつでもその手を握ってくれる。欲しかった言葉をくれる。側にいて、一緒に眠ってくれる。いつだって……」

 彼女の足が止まってしまった。

「ハクの寿命がとんでもなく長くて、私たち人間の一生は一瞬なんだったら、そんなの、ハクにとってはまばたきする間のようなものでしょ。それくらいの時間、付き合ってくれても悪くないんじゃない?」

「それをハクも望んでいるのなら……」

「ハクは私のこと、好きって言ってくれてる」

「だけど……」

 彼女は一歩前へ、パッと飛び出した。

スカートのすそを、くるりとひるがえす。

「圭吾はこんな話し、興味なかったよね。自分のことで忙しいんだし」

 微笑むその笑顔は、俺にも身に覚えのある顔だ。

「圭吾は絶対に邪魔したり、関わったりしてこないって思ったから、こんな話ししたの。知ったからって、無関心でいられる人でしょ? 関係ないし! 他人の領域も自分の領域も、ちゃんと守れる人だよね」

 彼女の見上げる黒い目と髪が、夜の闇と混じり合う。

「そういうところが好きだし、信用できる。私は圭吾の邪魔をしない。だから圭吾も、私の邪魔をしないでね。じゃ」

 坂道を駆け下りる、彼女の背を見送る。

そりゃ俺だって、関わりたくはないよ、今だって十分すぎるほど、面倒くさいと思ってるよ。

「……。俺は、そんな都合のいい奴じゃないんだけど……」 

 すっかり日の暮れた停留所で、いつも遅れてくるバスに乗り込む。

ようやくやって来たその中で、俺は揺られながらいつになくイライラしている。

巻き込むなって言ってんのに、巻き込んでるのはどっちだよ。

あぁ、そうか。

これ以上関わらなければいいんだ。

俺には最初っから、関係ないんだった。

 関わってほしくないとか、邪魔するなとかいうなら、わざわざ話しなんかするなっつーの。

なんなの? 

もしかして自分の話しを聞いてほしかっただけ? 

彼女の言う通りだ。

ちゃんと自分の境界線は守ろう。