翌日は学校が休みにもかかわらず、俺は早起きをして制服に着替えた。

いつもの時間に家を出る。

休日の電車はいつもとは雰囲気が違って、バスに乗っても、いつもならあふれかえるほどいるはずの同じ制服が、数えるほどしかいない。

今日は俺は、ようやく出来た自分の時間を無駄にしないために、自分の写真を撮る。

それだけだ。

 部室に入り、三脚を持ち出す。

まずはお気に入りの、山から見下ろす街の風景を撮ろう。

通学路の坂道にかかる、森の木々もいいかも。

そこに虫か鳥でもいれば最高だ。

そうだ、池にも行こう。

あそこには大概アメンボがいるから、本当に助かる。

いつも来る猫は、今日もフェンスを抜けて来るかな……。

 校庭に出る。

体育館に背を向け、それは視界に入らないようにする。

扉は全て開放されているのに、なんの声も音も聞こえてこない。

そういえば、本番当日の動きはどうなっているのかな。

三脚を片手に、被写体を探してあちこちを歩き回る。

まぁいっか。

俺には関係なかった。

そういえば、いつもどこで何を撮ってたんだっけ。

 空には厚い雲がかかり、日差しはないが空の撮影は難しい。

撮っても灰色の画面にしかならないだろう。

虫たちはすっかり隠れてしまって、どこにも見つからない。

こんな天気の日は、影が出ないから、そのぶん人物撮影には最適なんだけど……。

原生林との境界線に張られているフェンスが、ここだけ植物の勢いに押されて、すっかり覆われてしまっている。

その目の前の藪が、ごそりと動いた。

次の瞬間、パッと小さな女の子が飛び出してくる。

濃紺の制服と真っ白な肌に、吸い込まれそうなほど黒く真っ直ぐな髪が、肩先で揺れている。

少女は俺を見上げた。

目が合う。

そのまま駆け出そうとする彼女を、俺は呼び止めた。

「ま、待て。お前、あのチビ龍か」

 首を左右に振る。

「え? 違うの?」

 どう見たってあの時、荒木さんと一緒にいた女の子だ。

彼女の足が動く。

「ハク! ハクちゃん?」

 そう呼ぶと、ようやく彼女はうなずいた。

「あ、あっそ。……チビじゃなくて、ハクなのね」

 怒っているのか不満なのか、よく分からない目でじっと見てくる。

やっぱ面倒臭い。

「どっから出てきたんだよ」

 指さした藪をかき分ける。

鋼の芯が入っているはずのフェンスが、わずかに突き破られていた。

「もしかして、お前がやったの?」

 それに返事はない。

黙ったままじっと立っているその姿は、小生意気なチビ龍そのものだ。

「こんなところで何をしている」

 振り返った。

いまが一番忙しいはずの荒木さんが立っている。

その荒木さんが手を伸ばすと、ハクはとことことかけより、その手をぎゅっと握りしめた。