「俺はいま、自分のやりたいことで精一杯だから、他のことなんて考えられないね」

 遠くに見える、ここと繋がる二階席の向こうで、希先輩は舞台に向かってスマホを掲げている。

その小さな画面を舞香はのぞき込む。

「演劇の大会ですか?」

「うん」

 そういえばこの人、さっきチビ龍を見つけたのに、そのまま掴んで放り投げてたな。

「自分以外のことに、興味ないとか」

「そうじゃない奴がこの世にいるのなら、逆に見てみたいね」

 その大きな手が、俺の頭に乗せられる。

ぐしゃりと髪を乱した。

「ま、嫌いじゃないけどね」

 それはどういう意味なんだろう。

同じ髪型をしているクセに、全く何を考えているのかが分からない。

「お前がやらないんなら、俺が代わりに行くぞ」

 乱された頭を調えると、その人と同じになってしまうような気がして、だけどぐちゃぐちゃにされたままでいるのも嫌で、結局髪を直す。

荒木さんはそのまま二階席を移動して、希先輩と舞香の隣に座った。

「はぁ~、いいよなー。あぁいうことが自然に出来る人って」

「何が?」

「モテる秘訣」

 くだらない。

そんなの顔の作り以外の他に、なんか要素ある?

「つーか、お前今日何枚撮ったんだよ」

「雨だもん、ほとんど撮ってねーよ」

「まぁそうだよなー」

 ふいに舞香が立ち上がった。

希先輩と荒木さんに小さく手を振る。

こちらに向かってくるのは、きっと二階席から階下に下りるため。

すれ違う時に、チラリと目があった。

彼女はペコリと頭を下げる。

俺も同じように返して、そのまま通り過ぎていった。

「……。あーあ。マジで終わってんだな」

「だから、なにも始まってないっつーの」

 そうだ。

だから、何てこともない。

当然だ。

俺と彼女は、同じ学校の生徒同士。

以上、終了。

 希先輩と荒木さんが何かをしゃべっている。

が、すぐに荒木さんは立ち上がり、別の部員と話し始めた。

そのまま二階席の手すりから身を乗り出し、すぐ下の壇上にいる演劇部員たちに向かって、何かを叫んでいる。

取り残された希先輩は、その後ろ姿にそっとレンズを向けた。