「じゃあ、舞香はどうなるの……」

 彼女はため息をついた。

「舞香には内緒にしておいてくれ」

「は?」

「彼女は返してやろう。だが私の目的は、まだ達せられていない。それが叶わぬことには、舞香にもお前にも、身の保証はないと思え」

 ちょっと待て。なんだソレ!

「私はまだ、この新しい世界の仕組みについて行けぬ。慣れるまで舞香を助け、我が望みを共に叶えよ」

 張り詰めていた空気が、入れ替わったような気がした。

鋭い目つきをしていた彼女の表情は、何となく柔らかさを帯びる。

目のあった瞬間、彼女はビクリとなって驚いた。

「あ……、圭吾?」

 俺はまだ、床の上にしゃがみ込んだままだ。

「な、何してるの……」

「いや、別に……」

 どうしよう。

めっちゃ無理難題を押しつけられたような気がする。

「ま、舞香こそ、何してるの……」

「あ、あぁ……」

 彼女は困ったような顔をしながらも、さっきまでと同じように、資料室のドア窓を指さした。

「アレ、何なのかなぁ~って、気になっちゃって……」

 俺は恐る恐るそこから立ち上がる。

膝がガクガクと震えているのを、隠すだけでも精一杯だ。

やっぱり追いかけてなんて、こなければよかった。

それはそうなんだけど、もちろん今さらなんだって感じだけど、得体の知れないバケモノからの言いつけに背いて、恨まれるのも嫌だ。

ビクビクしながらも、小さな窓枠から中をのぞき込む。

そこにあったのは、学校沿革を年表のように示した古いパネルだった。

「アレがどうかしたの?」

「……。アレ、なんだろう……」

「アレね……」

 俺にはさっぱりわけが分からないが、どうやら彼女自身も分かってはいないらしい。

「アレ、だね……」

「は、はは……」

「ははは……」

 互いに見つめ合って、覇気のない笑いでごまかす。

「か、帰ろっか」

「うん」

 演劇部の方へ顔を出すという彼女と、そこで別れた。俺は真っ直ぐ家に帰る。

ヘンに寄り道とかしたりして、またヘンなものと遭遇したくない。

とりあえず安全と思われる自室に籠もると、問題の資料室画像を拡大した。

昼休みにバケモノが反応した画像だ。

たしかにここには、資料室にあった学校沿革のパネルの一部分が写っていた。

元々あった山を削ったことが書いてある文章の横に、埋め立てられる前の池の写真が載せられている。

そのほとりには、池の主を祀ったような小さな祠も写っていた。

池か。

そういえば初めてあのバケモノを見た時も、あの池のほとりに下りてきていたじゃないか。

きっとアイツは、あの池の主とかなんかなんだな。

きっと。多分……。

 何となく正体が分かってしまえば、怖いものはない。

だが触らぬ神に祟りなしという言葉のある通り、触らぬにこしたことはない。

助けろとは言われたけど、俺が正体を知っていることも内緒にしとけって……。

そんなのもうムリってことでしょ。

やっぱ俺には、関係ないね。

まぁ、そういうことにしておこう。

他の選択肢なんて、怖いしさ。

俺は布団に潜り込むと、寝た。