「はぁ~……。んだよ、まったく……」

 こんなところ、見たくなかった。

一心に前だけを凝視して突き進む彼女に、ため息をつく。

頭は完全にやめておけと言っている。

それなのに、どうしても体は勝手に動く。

足音を忍ばせ、こっそりと角からのぞき込んだ。

第一校舎へ渡り終わったところで、彼女はキョロキョロと左右を見回している。

迷っているのか? 

階段の方へ向かった。

「いや、だから違うだろ。帰ろう。帰れよ俺。さぁ帰るんだ」

 ヤバいことになんて、巻き込まれたくない。

ここまでのことを、全て知らなかったことにすればいい。

そうすれば今日の夜、明日の朝、学校で何が起こっていようが、彼女がどうなろうが、俺は無関係だ。

帰ろう。

一歩を踏み出す。

コンクリートの冷たい壁に手を滑らせる。

足を動かし、そのまま逃げてしまえばいいのに、ガタンという物音に立ち止まった。

資料室前だ。

何かをガタガタと強く激しく揺らしている。

俺は廊下へ飛び出した。

「何やってんだ!」

 舞香は資料室のドアに、手をかざすようにして立っていた。

その仕草からしてもう、怪しさ全開なんだからたまらない。

俺はいつでも逃げられるように、階段の角にしがみついたまま距離を保って抗議している。

「……。お前こそ、そこで何をしている」

 かざしていた腕を下ろした。

「ちょうどよい所へ来た。この扉を開けろ」

「無理に決まってんだろ、鍵がねぇ!」

「鍵なら開けてやる」

 再び手をかざす。

とのとたん、扉はガタガタと音を立てて揺れ始めた。

「壊れる! 壊れるよ、扉が!」

「破壊しないようにと努力はしているのだが、開ける仕組みが分からぬのだ」

「ねぇ、マジで壊れるからソレやめて!」

 そう訴えたとたん、急に静かになった。

彼女は彼女の姿のまま、こっちを見ている。

「……。お前はそこで何をしている」

「べ、別に……。ただの通りすがりですけど……」

 あんたこそ何者だ! 

俺はお前が舞香に取り憑いた瞬間を目撃してんだぞ! 

帰れ! 自分の世界に帰れ! 

……って言いたいけど、言っていいのかも、言っていけないのかも分からないし、何をされるか分からないから、怖いし……。

じっと見つめ合う。

「あの……。どちらさまでございますか?」

 舞香の体がこちらに向いた。

「この扉を開けてほしいのだ」

「開けてどうするんでしょう」

「アレが見たい」

 彼女は資料室の中を指さした。

どうやら目的は、廊下に飾られているショーゲースの記念品ではないらしい。

だが問題は、俺の身を隠しているこの位置からだと、資料室の中が見られないということだ。