「深呼吸しましょう」

「さっきからしてるんですけど、どうしても息が浅くなっちゃって」


それは困りましたねえ、と言いながら、先生はわたしの隣のパイプ椅子に座った。古びた金属が、ぎしりと音を立てる。


先生は歩き回っていろいろなひとに声をかけて回っていたのに、声をかけても立ち去らず、わざわざここに座ったということは、それだけわたしの顔色がひどいのだろう。


「……すみません」

「いいえ」


指先が冷える。

頬が強張る。

喉が乾く。


ペットボトルをあけては何度も口を潤すわたしに、だいじょうぶですよ、と先生は軽く笑った。

あくまでも気楽な態度だった。


「ぼくは、勝つためにあなたを選んだんですよ」


言い含めるような、穏やかで確かな口調。


「ぼくは単純な好みとして、あなたの歌が好きです。でも、好きだから選んだわけじゃない。あなたがソリストなら勝てると思ったから、選んだんです」


これは演奏会ではなくて、大会ですからね。


「はい」

「実際、地区大会は勝てました。地方大会も、このままあなたがいいと思っています」

「……はい」


わかっている。それでも体が冷える。


ソリストになったのは、この曲にはわたしが向いていると思ってもらったからだ。


きちんとわたしがする理由があって、わたしならできると信じてもらって、わたしが練習を頑張ったから、地方大会でもソリストをすることになった。ちゃんとわかっている。


わかっていて不安になるということは、いろいろを信じきれていないということだ。

先生を信じきれていないということだ。


勝手に不安になって、このひとを見損なってはいけないと思うのに、手が震える。

あなたでいいではなくて、あなたがいいと、言ってくれるひとなのに。