咲桜(さくら)は、家に着いたところで足を止めた。

「ここが君の家か、ずいぶんと縦長だな」

咲桜が住んでいるのは、八丁堀にあるマンションの一室だ。高層ビルを見慣れない清士は、マンションの上階を眺めた。2人はエントランスを通ってエレベーターに乗り込み、咲桜が14階のボタンを押す。エレベーターを降りて右に曲がって2つ目のドアを開ける。

「お邪魔するよ……これはまた、ひどく狭い部屋だ、外も中も奇怪じゃないか」

咲桜の住む部屋の間取りは1LDKだったが、これまで大きな家で生まれ育った清士にとっては窮屈な部屋だった。家に着いた咲桜は、安心感からか駅からの疲れがどっと出て、ソファーに沈むように座り込んだ。

「文句言うなら出てってよ」

咲桜は、今日は早く研究室を出たついでに晩酌でもしようと思ってコンビニに寄るつもりだったが、清士を連れて来たことでその計画が台無しになり少し機嫌が悪かった。清士はダイニングテーブルにつき、咲桜の方を眺めている。

「そういえば成田さん、夜ご飯はもう食べたの」

咲桜の目線が自然と清士の方に向く。

「ああ、もういただいた。大戸さんは」

「私も食べた」

「そうかい、それはよかった」

しばらく沈黙が続いた。清士は突然80年も先にタイムトラベルしてしまったことが未だにあまり受け入れられず、見るもの全てが不思議なもので疲れていた。一方の咲桜も日頃の疲れと思いもよらない出来事の連続でさらに疲れていた。

清士は、もし本当にタイムトラベルしてしまっているのであれば、これから何をして過ごしていくべきなのかと考えた。街中を見る限り、建物や人々の様子は1943年と全く違っていて、和装より洋装の人が圧倒的に多かった。つまりは西洋化が進んでいるのではないかとも考えたが、実際何が起きているのかも分からない状況だ。しかし咲桜や駅員とは話が通じないこともないので、間違いなくここは日本、東京であるという確信はあった。

清士はこの国が日本であることを確かめる方法を思いついた。法律を学ぶ彼だからこそ思いついた方法だ。

「大戸さん、明日(あす)は図書館に行けないだろうか。憲法を読みたく……」

ソファーには、寝息を立てて眠る咲桜の姿があった。

「大戸さんも疲れたのだな」

清士は寝室の場所を確認してからリビングに戻り、ソファーに横たわる咲桜を抱えてベッドに下ろした。

「僕は大戸さんに出会えて良かったかもしれない、礼を言うよ」

咲桜に向かって小さくつぶやいた清士は、リビングに戻り、窓辺に座って外を眺めた。ビルのところどころ光って見える電気が眩しい夜だった。