俺の世界には、君さえいればいい。





すぐ目の前には櫻井くんの顔。

膝立ちをしながらも私は櫻井くんの腕の中へ向かってる。


ぐらっと傾いてさえすれば、体勢を崩してさえすれば、もう唇は合わさる寸前だった。



「…水は、冷たかったでしょ」


「…え……、」


「ガムで転けて、痛かったでしょ…、“消えろ”って言われて…悲しかったでしょ、」


「……っ、」


「いつも心ない言葉いわれて…苦しいだろ、」



櫻井くんが、泣きそうだ。

私が今まで受けてきたことを話す櫻井くんが、あの日のゆっこみたいに私以上に悲しんでくれていて。



「吐き出すくらいのチョコって……なにが入ってんだよ、」


「…わさびとか、からしとか……、たぶん、もっとすごいの、いっぱい…」


「…俺だって一緒に食べてあげますよ、そんなの…、なんで、ひとりで食べてるんですか、」



いじめだ。

あれはもう、嫌がらせなんかじゃなかった。


そんなことを言ったら女子トイレでたくさん聞いた陰口だってそう。

馬鹿にするような悪口だって立派ないじめのひとつ。


だけど隠すことには慣れていたから。
目立たないことだって得意。

だから今回も、そう出来るって思ってた。



「───…た、」


「…た?」