「由比さん…下の名前は確か───」
「え、あっ、かなのって…言います、」
「かなのさん。俺は…主計(かずえ)です」
うん、知ってます。
まさかだった。びっくりした。
さすがの私でも彼のことは耳にしているというか目にしているというか。
だって…、
わりと女子に密かに騒がれている、隣クラスの物静かで人気者な櫻井くんだったからだ。
そして私の苗字を聞いて下の名前だと勘違いしなかったあたり、彼も少なからず知っていてくれたりして……なんて。
あるわけないよね、ないない。
「どうやら同じ学校だったようで。奇遇ですなぁ」
「そのようですね。これなら一安心かな」
「えぇ、きっと仲良くなれますよ」
親同士の会話なんかほとんど耳に入っていなかった。
まさかの婚約者が……さ、櫻井くんだなん
て…。
やっぱり近くで見ると格好いいなぁ…。
愛想が少なくて仏頂面で物静かだけど、別に悪い人じゃないんだろうなってのは感じる。
「主計、かなのさんを必ず守ってやるんだぞ。お前は櫻井の名も背負ってるからな」
「うん。わかってるよ、父さん」
高校1年生、9月。
名家生まれだと学校でも悟られないくらい地味に生きていた私の前に現れた婚約者。
そして高校を卒業したら、そんな隣クラスの人気者と結婚する……らしいのだ。