俺の世界には、君さえいればいい。





「そんな飾らないところが……すごく、その、いいなって、えっと、」



だんだん、だんだん櫻井くんの顔が赤くなっていって。

しゅーーっと上がって、あたふたし出して。

ぱちんっと催眠術から解かれてしまったみたいに。


そんな彼を見て瞳を伏せたお母さんは、心から安心しきっている表情だった。



「櫻井くん、私ね、たとえ両家の“しきたり"とはいえ…あなた達の気持ちを優先するつもりだったの」


「…え…?」



櫻井くんの反応に、私の声も重なった。

いつも無邪気なお母さんが真面目な顔をして、だけどお母さんらしい優しさも残ってて。


そして伝えてくる姿を、お父さんは見守っていた。



「もし、どちらか片方にでも好きな子とかがいた場合は……婚約はやめてもいいんじゃないかしらって言おうと思ってた」


「…俺は、それは嫌です、」


「うん、いまので十分伝わったわ。かなのの気持ちも母親だから分かってる」



娘をよろしくお願いします───。

そこまで言わなかったとしても、お母さんの気持ちは私たちにまっすぐ届いた。


家柄にしきたり、婚約者のこと。

小さな頃から言われてはきていたけれど、実感なんか出来なかった。