青の先で、きみを待つ。




見て見ないふりができなかったのは、橋本さんのことが可哀想だからじゃない。

私は頭の片隅で、彼女の姿と現実での自分の姿を重ねていたんだ。

「紺野さん私ね、この前は先生に相談しなくても平気なんて言ったけど、本当は言う勇気がなかっただけなの」

橋本さんがぽつりと呟いた。

「だからもし紺野さんが私のためを想ってしてくれたなら嬉しいよ。ありがとう」

ここがリアルじゃないとわかっているけれど、浮き沈みする心は本物で。橋本さんに寄り添いたいと思う気持ちも嘘じゃない。涙を拭うと、橋本さんはにこりと柔らかく微笑んでくれた。

「これ、デイジーっていう花の種なんだよ」

「デイジー?」

「そう。白くて可愛い花。毎日水をあげ続けて、いつか花が咲く頃にはなにかが変わってるといいなって思ってる」

橋本さんは強く見えるけれど、そうじゃない。

毎日あの地獄のような教室に行って、嫌なことをされたり言われたりしてきて、逃げ出したくなった時が何度も、何度も何度もあったはずだ。

「デイジーの花言葉は希望なんだよ」

……希望。

小さな花に託すにはあまりに大きな願いかもしれない。でも、なにかにすがらないと立ち上がれない時がある。

「紺野さんは花って好き?」

「うーん、花っていうか花柄は好きかな」 

「え、本当に? 私も花柄が好きなの!」

橋本さんが興奮したように声を張る。

……あれ、この会話をどこかでした覚えがある。

夢? 気のせい? どこだっけ?

「花柄のもの見るとついつい欲しくなっちゃって。この前も可愛い傘があってね」

変だな。橋本さんの横顔がダブって見える。また貧血かな。目を強く擦ったら視界が突然暗くなった。


――『ひらがなの名前が同じだね』

いつものあの声。嫌なことしか言わない尖った声は、なんだか穏やかでとても優しく感じられた。

『せっかく同じクラスで席も近いんだし友達にならない? 今日から下の名前で呼んでもいい?』

クラス替えしたばかりの教室。人見知りで、なかなか自分から声をかけられなかった私に彼女は友達になろうと言ってくれた。

『私は橋本まりえ。よろしくね』

私たちは握手を交わす。それは、新学期に胸を躍らせていた高校二年の春のことだ。