「も、戻れって……現実世界に?」
「そう。お前は同じ場所から飛び降りて、元の世界に帰れ」
「だったら蒼井もでしょ?」
「俺は向こうの俺に呼ばれてねーし、きっと今そこから落ちても戻れそうにない。だからお前だけ行け」
「そ、そんな……」
すると、下から声が聞こえた。確認すると、裏庭の焼却炉へゴミを捨てにいく濱田先生と目が合った。
「こ、紺野、なにしてるんだ、そんなところで!」
先生は慌てた様子で、ごみ袋を放り投げていた。
「今すぐそっちに行くからジッとしてなさい。いいね……!?」
先生の姿が校舎の中に入っていく。裏庭からなら五分もあればここに上がってくるだろう。
「あ、蒼井。先生に見つかっちゃったし、とりあえず今日はそっちに……」
「ダメだ」
蒼井はさらに私のことを突き放してくる。その瞳は、私がなにを言っても聞かないような、強い色をしていた。
なんなの、もう。
そんな顔をしなくてもいいじゃん。
私だってわかってるよ。
でもその一歩が出ない。
心ではわかっているのに、弱さがまた邪魔をする。
「……蒼井。怖いよ、私」
「ダメだ。戻れ」
「嫌だ。一緒に」
「お前はひとりで飛び降りた。だからひとりで行け」
雨の匂い。なま暖かい風。あの日と同じ景色。躊躇なく踏み出したはずの右足が震えている。
「……む、無理……」
怖さは飛び降りることだけじゃない。



