結局、松尾先生の勧めもあって今日は早退することにした。
 ジャージを着て、まだ慣れないシェアハウスまでの道をふらふら歩く。
 すれ違った人には割れたメガネに不思議そうな目を向けられた。
 確か、昔使ってた古いメガネをまだ捨てずに持っていたはず・・・。
 新しいメガネを買いに行くまでは、そのメガネで過ごせばいい。
 長いようにも短いようにも感じる道のりを歩いて、家に到着した。
 カチャリ、と鍵を回す。
 「ただいまー・・・」
 黒江さんも晶くんも今は学校だから当然、誰からも返事が返ってこない。
 脱いだ靴を揃えて、一旦共有スペースでもあるリビングに入った。
 ガラス製のコップに水を注ぐ。
 コクコクと一気飲みして、空になったコップをシンクに静かに置いた。
 どっと疲れた・・・。
 肉体的にも、精神的にも。
 洗面所にある鏡で自分の顔を確認する。
 ボロボロだ。
 頬の湿布が目立つ。
 前髪で隠れた、おでこに貼ってある割と大きなガーゼに触れてみる。
 鋭い痛みが走って、思わず顔をしかめた。
 ・・・何、馬鹿なことしてるんだろ。
 ゆっくり手をおろした。
 洗面所から出て、リビングにある大きなソファに倒れ込む。
 メガネを外して、しばらくボーッと何も考えずにレンズのひびを見る。
 本当に、私が何をしたっていうんだろう。
 暴力の理由が『同じ委員会になったから』だなんて、あまりに理不尽過ぎやしないか。
 本当に・・・なんかもう・・・疲れた・・・。
 ・・・・・・。
 「・・・・・・ぃ、おい」
 ・・・誰かに、呼ばれてる・・・?
 「・・・おい、なんでここで寝てんだよ」
 うるさいなぁ、もうちょっと静かにしてよ・・・。
 「つか、このメガネなんだよ。割れてんじゃねぇか」
 そうそう、そのメガネ割れて・・・。
 ・・・ん?
 私、今誰に話しかけられてるの?
 「おい」
 「ん~、何・・・」
 ちゃんと声を発さずに、呻く(うめく)ように返事する。
 私、いつの間にか寝ていたみたい。
 共有スペースのソファを独占していたから起こされたんだな、きっと・・・。
 早くどこう、なんて思いながらゆっくり目を開いた。
 「う、うわぁぁぁあ!」
 「うるせぇ」
 目を開いて、私は叫んでしまった。
 「く、くくく黒江さん・・・?」
 だって目の前にあったのは、黒江さんの整った顔だったんだから。
 起きた瞬間に目が合って、びっくりしちゃったんだもん。
 私の大声に顔をしかめながら黒江さんは遠ざかる。
 遠ざかるにつれて黒江さんの顔がぼやけていく。
 「お前のメガネ、どうしたんだよ」
 「へ?・・・あ、ああ。転んだんですよ、ほら私ってドジだから」
 「・・・・・・」
 自分から聞いといて無視するんかい!
 普通は「大丈夫か?」とか相手を気遣う言葉をかけるでしょ!
 それに、頬にも湿布を貼ってあるんだから。
 一言文句を言おうとして口を開くとけほっ、と小さな咳が出てしまった。
 いや、私が黒江さんに文句言うのもおかしな話なんだけどね。
 黒江さんは良い意味でも悪い意味でも何もしてないだけで、私に危害を加えたわけじゃないんだし。
 「寝るのは勝手だけど、そこで寝るんじゃなくて自分の部屋のベッドで寝ろよ」
 「・・・はいはい、そうですね~」
 窓から夕陽が差し込んでいる。
 私が帰ってきたのは昼過ぎくらいだったから、かなり長い時間寝ていたんだな。
 そろそろ、晩御飯の準備をしないと・・・。
 重い体に鞭打って、ふらつく足で立ち上がる。
 「あれ、メガネ・・・」
 「割れたやつならそこに置いてる。床に落としてたから」
 「あ、ありがとうございます・・・」
 黒江さんが、近くのテーブルを指さす。
 床に落ちていたのを上げてくれたんだ。
 テーブルの上に置かれたメガネに向かって歩く。
 なんだか頭がボーっとするな・・・。
 「あ・・・」