スーパーなら一軒ですべてが揃うが、商店街の八百屋、精肉店、鮮魚店でおすすめや料理法を聞きながら買い物をするのが好きだ。

サラダに使おうかと思ってレッドオニオンを手に取ったとき、目の端に映り込んだのは「探偵」の二文字。

いつもの風景で、もう何年も来ているのに初めて目に入った。

人間って不思議だ、ずっとそこにあったのに必要としないときには認識できない物が、必要だと思っていると気がつくのかも知れない。

八百屋の前にある街灯に貼られている看板に、“この先一つ目を右”と書いてあるのを確認してからレッドオニオンと小松菜とレタスの代金を支払うと看板に書かれていた場所に向かった。


目的の場所は路地に入ったところにある築年数がかなりいってそうな雑居ビルの3Fで、暗い階段を上り通路を歩いて行くと“松崎探偵事務所”と書かれたドアがあった。

いざ扉の前に来るとその先に行くことが怖い。

建物の空気感に飲まれていることも、怪しげに見える事務所も、賢也の本当の姿を知ることもすべてが怖かった。

「どうしよう・・・」

なにも詮索せず見ない振り、気付かないふりをすれば賢也は優しくて大切にしてくれる。

このままでもいいんじゃ無いかと思ったり、浮気をしている相手に本気になれば、優しさもその人のモノになっていくんじゃないか、それなら現実を見た方がいいのか

それ以前に、このドアの先がどうなっているのかの怖い


どんな人なんだろう・・・



やっぱり今日は帰ろうかな



そう思ってドアから離れようとした所に、どこかで買い物をしてきたのかビニール袋を手にぶらさげ、無精ひげにぼさぼさの黒髪、ノーネクタイのシャツを第二ボタンまで開けて、スラックスの先はサンダル履きの背の高い男が立っていた。

「お客さん?」

「あっ。いえ・・・」

思わず涙がこぼれてきた

「話を聞くだけなら無料だけど?」
背の高い男はそう言って優しく微笑むと事務所の扉を手で押し開けて「どうぞ」と言った。