「振り込みはちゃんとできてると思う」

ダイニングテーブルを挟んで向かい合わせに座っている。

「うん、確認した」
「賢也はどうしても離婚はいやなの?それって、会社での体裁のため?」

「え?」
オレがどれだけ有佳を愛しているのか分っていないのか・・・
「体裁とかそんなことを考えて居ないよ。こんなことをしておいて勝手だとおもうけどオレは有佳が好きなんだ。だからずっと一緒にいたい。慰謝料は払う。だから離婚だけは考え直して欲しい」


有佳は小さなため息をついてゆっくりと話す。

ドラマとかでみる妻が夫の浮気を興奮しながら問い詰めるのとは全く逆で、まるで凪の海のようなゆったりとした話し方だ。

「本当に勝手だね結局、賢也しか得しない話だよね?私のことを好きだとか言ってるけど、それならどうして不倫なんてしていたの」

そう言われても仕方が無い、まったくその通りだ。自分だってどうして不倫なんかしてしまったのか・・・
「本当にごめん」

「もうこの話はいいわ、不毛だもの。離婚はしないということだと、浮気をされたのは私なのに賢也に有利なことだらけ」

さっきから有佳はオレにしか得がないとか有利だとか利益の話ばかりだ、たしかにオレの事ばかりだ
「だから、慰謝料をはらう」

「慰謝料はいらない、その代わり私の提示する条件をのんでくれるのなら離婚は考えます」
有佳はまっすぐにオレの目をみてキッパリと言った。

「慰謝料の200万円の支払い免除と離婚をしない代わりに、今後一切私に触れないこと」

どういうことだ?
「え?」

言葉の出ないオレの前に一通の紙を広げた。
「診断書?」

「妊娠とかじゃなくて、PTSDなの。賢也に触られると吐き気がとまらなくなるのそれで消化器に言っても特に原因がわからず、心療内科でこの病気がわかったの。あなたが他の人を抱いたその手で触られることに猛烈に嫌悪感があるの、それで吐き気がするようになったの、だからこれは守ってもらいます」

そういうことだったのか・・・
あの日も、斉藤が有佳の手をとっていても何でも無かった、オレが変った瞬間に吐き気をもようしていた。
それ以外にも心当たりがあった。

二人の子供ができれば、今まで通りの生活が保障されるかもしれないと浮かれていた。
オレがそんなバカなことを考えている間も、オレのせいで有佳が苦しんでいたんだ。

浮気に気付いて、大森さんに会いに行き、あんな音声を聞いて
もし有佳が他の男と同じ事をしていたら・・・

どうして、そんなことに気付かなかったのか

オレがいま言える言葉は一つしかない。

「わかりました」
とだけ言うのが精一杯だった。



「でも、セックスが好きな賢也は困るでしょうから、恋愛など異性との付合いはお互い自由とします。それならいいでしょ?他の人と子供を作っても認知してもかまいません」

残酷な事を言う・・・
有佳以外の人の子供・・・・そんなもの考えられない。

でも、これが有佳の提示する条件なら受けるしか無い

「了承します」と、なんとか答えることができた。


有佳に「では誓約書にサインをしてください。」と冷たく言い放たれた。