「雨音、どうして……」

雨音は僕の頬を叩いた。
でもそれは、決して僕を痛めつけるためのものではなかった。
まるで、朝の目覚めを促すような、優しい痛み。
だけど、平手をあげたままの雨音の目からは、ぬぐってもぬぐいきれない程の涙が溢れていた。
僕は、その涙をぬぐってやろうと手を伸ばした。
でも、雨音は僕を拒絶するかのように、一歩下がった。
そして、そんな自分の顔を見られたくないのだろう。
俯いて、手で目や鼻をこすってから、雨音はぽつりと言った。

「社長……本当に分からないんですか?」
「分からないって?」
「私が、欲しい言葉です」

雨音は、僕のシャツをきゅっと掴む。
僕は、彼女の手に触れるべきか考えて、止めた。

「社長は……ずっと私を置いてけぼりにしてた」

雨音に言われたこの一言に、僕はショックを受けた。
誰のために、こんな辛い日々に耐えたと思っているのか、怒りすら込み上げそうになった。
でも、それはすぐに消えた。

「社長は、本当に私と結婚したいんですか?」
「何で、そんな事を……」

怒りよりも焦りの方が大きくなったから。
僕は、雨音の肩を掴んだ。

「どうして、どうしてそんなことを言うんだ」
「だって!社長ずっと私を見てなかった!」
「見ていた!見ていたよ!」

君が苦しそうに空を見ていたのも。
眠りながら涙を流していたのも。
食事が喉を通らず痩せていく姿も。
全部見ていた。
見ていたから、僕は君を守るために何が必要かを考えたんだ。
でも、彼女の言葉からは、今までの僕の行動が、彼女にとっては正解ではなかったことを突きつけられた。
はっきりと。

「教えてくれよ、雨音!君は何が欲しいんだ!」
「それです!!……げほっ」
「雨音!?」

喉を切り裂くような叫びのあと、雨音は咳き込んだ。

「大丈夫か!?」

僕の問いに、雨音は答えない。
その代わりに、雨音が言ったのはこの言葉だった。

「私を見て。ちゃんと……見て」