高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―



「不満だったか?」
「いえ、そうじゃなくて……」

緩く首を振ったあと、手すりに手を伸ばし、ギュッと握った。

「その、もしかしたら、上条さんにとって今日のこれって罪滅ぼし的な意味合いだったのかなって思って」

「罪滅ぼし? なにに対して……」と問いかけた途中で、上条さんは答えに気付いたようだった。
すぐに「ああ、ひと晩過ごしたことに対する、という意味か」と呟く。

その後、私を見て聞いた。

「嫌だったのか?」
「え、いえ! 全然……誘ったのは私ですし、嫌なんてことはなかったです。あんなふうにひと晩過ごしのは初めてだったので朝起きて多少はびっくりはしましたけど、合意の上ですから」

慌てて否定しながら、そういえばこの話をするのは、あの日以来初めてだと気付く。
あの日の朝、私が目覚めたときには上条さんはもう仕事でいなかったから。

きちんと話をできていなかったからこそ、もしかしたら今日、こんな場所を用意してくれたのは、お詫びのつもりだったらどうしようと、そんな不安がよぎったのかもしれない。

普通のデートだったらきっとなにも不安に思わなかったのに、上条さんが連れて来てくれたのがあまりに夢みたいなデートコースだったからこそ、〝あ、これはもしかしたら〟と会うまでは考えもしなかった心配が生まれてしまっていた。

今日のこれで全部をなかったことにしたいと言われたどうしよう、と。