高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―



試験を無事に終え会場となっていたビルを出る。
この試験に向けてかなり勉強していたので、そこそこできたとは思うものの、なにせ試験というものが学生以来だ。久しぶりに味わう張りつめるような緊張感に、たった二時間弱だというのに疲れきっていた。

夏の夜の訪れは遅い。
空は試験が始まる前とそう変わらない色をしていた。

バッグを肩にかけてから駅に向かう。
その途中で携帯が同期からのメッセージを受信したので、歩道の端に寄り返信していて、そういえば……とショップカードの存在を思い出した。

『じゃあ、帰りにでも寄れ。俺も悪かったし、お詫びになにか食わせてやる』

お守りを踏んだ男性はそう言っていたけれど、あれって本気だろうか。
お守りを踏んでそのままにしておくのが後味が悪いという気持ちはよくわかるし、わざわざショップカードまでくれたのだから、その場しのぎで言ったわけではなさそうだ。

「じゃあ……行った方がいいよね」

断るにしても連絡先を知らない。
お店の電話番号は書いてあるにしても、そもそももうお店にいるのであれば無駄足を踏ませたことになる。

ただ気になるのは、私が答えたのが、〝これから試験〟という予定だけだという点。
男性は、その帰りに寄れと言ったけれど、かかる時間なんてその試験によるし、つまり、私と男性の間で時間を詰められていない。それが一番の不安材料だった。

あの男性だって、ずっとこの〝polishcube〟にいるわけでもないだろうし、私が行ったところでそれこそ無駄足に終わる可能性も十分ある。