高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―



そう考えると、自分から連絡先を渡した相手は美波だけで、あの時の自分がどうしてそんな気になったのかは疑問だが、踏んだお守りが頭に引っかかっていただとか、食事をしている際の嬉しそうな顔だとか、店を出たあとに俺のスーツの裾を掴んだときの引き付けられるような真っすぐな眼差しだとか、挙げる気になればいくらでも出てくるため、たぶん、そのへんが理由なのだろう。

また会ってもいいと思わせるなにかが美波にはあった。
そして、俺のその勘は当たっていたということになる。

「断りたいならそうすればいい。佐々岡さんだって、個人的な話に仕事は絡めてこないだろ。俺との時もそうだった。会って話したのは二度だが、自分の立場を利用するような女性ではなかったし、話が通じないわけでもない」

窓の外に視線を向けたまま言う。

「どちらにしても、真剣に向き合って返事をしろ。佐々岡さんは美波の親友だ」

これ以上相談されても、アドバイスはない。
暗にそう伝えると、緑川はややしたあと「わかりました」と言い、アクセルを踏んだ。

その声には珍しく不満が滲んでいた。


《今日、同期で飲み会があるので参加してきます。二十三時前には上条さんのお部屋に着く予定です》
《わかった。店にタクシー待たせておくから、それに乗ってこい。店の住所は?》
《わかりました。ありがとうございます。住所は――》