高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―



「それに、俺の部屋ならおまえも簡単に逃げ出せないだろ。そういう意味でも家がベストだ」

実際には逃げていないにしても、さっき食事に誘われたとき、逃げ腰になっている私に気付いていたんだろう。

もう、腹を決めて向き合うしかないんだろうか……。

上条さんは足を止めることなくエレベーターに乗り込み、二十一の数字を押す。
大理石なのか、黒いタイルの床は掃除したてのようにピカピカだ。

エレベーター後方にある鏡に、情けない顔をしている自分が映っていて、場違い感が半端ない。

ただでさえ、上条さんに触れられるのが怖いというおかしな自分に気付いてショックを受けているっていうのに、そこにきて戸川とのことまで重なるなんて……と顔をしかめる。

でも、触れられるのが怖くなったのは戸川が原因だし、どちらにしても話す流れにはなったのかもしれない。
とはいえ、こんな話を聞かされたところで上条さんは楽しくないだろうし、そもそもあの緑川さんがなんで進んで私たちをふたりきりにするような計らいを――。

「早く入れ。スリッパはこれを使え。飯まだだろ。デリバリーを適当に頼むから、この中から好きな店を選べ」

ひとりで悶々と考えている間に上条さんの部屋に着いたらしい。

玄関に入ったところでポンポンと次から次へと言われ、薄いファイルを渡される。
ペラペラめくってみるとデリバリーできるお店のメニュー表だった。