高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―



「元気、だよ」

なんとか答えると、戸川は上条さんと緑川さんを見て、ふっと笑みをこぼした。

「なに、どっちか彼氏? それともふたりともセフレ? 高坂、見た目によらず相変わらず男好きだね。まぁ、俺も人のこと言えないけどね」

心臓がドッと大きく体を打つ。
これ以上、上条さんたちの前でなにも言ってほしくなくて必死に口を開いた。

「彼氏じゃないし、そういう関係でもない。ただの知り合いで、たまたま会って話してただけ。ごめん、私急いでるから……」
「じゃあ今はフリーなんだ?」

戸川が細めた目にギクッと体が揺れる。

「……好きな人はいるから」
「へぇ。そうなんだ。じゃあ、そういう話も聞かせてよ。今度ふたりで会おう。番号は変わってないよね」
「ちょっと忙しいから」
「そっか。じゃあこれ渡しておくよ。時間ができたら連絡してきて。高坂のためなら都合つけるから」

戸川が差し出したのは、名刺だった。
昔みたいに自分のペースに巻き込むような会話の進め方に、ぐっと喉の奥が詰まる。

過去の傷が開き、あの頃の痛みがよみがえるみたいだった。

「……わかった」

名刺を受け取った私に微笑んだ戸川は、上条さんたちに視線を向け「お話中すみませんでした」と会釈をし、離れていく。

その後ろ姿が小さくなっていくのをしっかりと確認していると、持っていた名刺を横から抜き取られた。

「〝戸川保彦〟……勤務先はIT企業か。大学の頃の知り合いか?」

戸川の名刺から私に視線を移した上条さんが聞く。
じっと見つめてくる瞳から逃げるように目を伏せうなずいた。