高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―



「いえ……とくには。どうしてですか?」
「おまえに明るさがないのは珍しいだろ」

前を向いたままの上条さんを見て、苦笑いをこぼす。
いつもそんなに騒がしくしていたっけな、と思いながら助手席のシートに後頭部を押し付けた。

「上条さんからしたら酔っ払いの介抱なんて面倒でしかないのに、どうして迎えにきてくれたんだろう……って考えてました」
「別に。ただ気が向いただけだ」

間髪入れずに返って来たいつも通りの答えにどこかホッとして、「そうですよね」と笑う。

さっきの上条さんの態度を見て、もしかしたら……なんて思いギクシャクしていたものが、ゆっくりと溶けていく。

まるで、上条さんが気まぐれだと答えるのを心待ちにしていたように。

そこに見過ごせない違和感を抱きつつも、そういえば、と思い、口を開く。

「先週、桃ちゃんと会ってたんですよね。……楽しかったですか?」

腿の上に置いた両手を組んだまま、もじもじと落ち着きなく動かしながら聞いた私に、上条さんはチラッと一瞬だけ視線を向けたあと答える。

「まぁ……退屈ではなかった。佐々岡クリニックの令嬢なんて言うから相手になにかしらの裏があって絡んできたなら面倒だと少し構えたが、実際は完全なプライベートだったし、それなりに充実した時間だった。来週もう一度会う予定でいる」