高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―



今更ながら、スーツ姿で来て大丈夫だったかが気になった。
でも、上条さんもスーツだし……とは思うものの、私の着ているスーツは一般的なもので、上条さんのスリーピースと比べると圧倒的に華やかさがないため、安心材料にはならない。

上条さんは、濃いグレーのスリーピースに紺のネクタイといういで立ちだった。
一方の私は、グレーに薄いストライプの入ったスーツの上下。インナーは黒でラウンドネックのシンプルなデザインのものなので、せめてフリルがついていたりするものを選べばよかったと後悔する。

でも、朝、慌ただしく袖を通したときには、まさかこんなお店にくることになるなんて予想もしていなかったのだから仕方ない。

茶色く染めた、胸まで伸ばしたストレートの髪を、手櫛で整えながら会釈する。

「上条さん……ですよね? 誘われるまま来てしまいましたが、なんだか場違いみたいで……その、ご迷惑でしたらすぐ帰りますのでおっしゃってください。お詫びはお気持ちだけでも嬉しかったので」

私にとっては、あのお守りは替えのきかない大事な物だ。
でも、世間一般的には、お守りを踏んだお詫びとして、こんな高そうなレストランで食事をご馳走になる、というのは取引として釣り合わない。

逆にこちらが申し訳なくなってしまうのはたしかだったので、辞退しようと笑顔で言うと、上条さんは「いいから座れ」と着席をうながした。

それでもためらっている私を、さっき暴言を吐いた男性が〝早く座れ〟と言わんばかりにじっと見てくるので、無言の威圧に諦めて椅子を引く。