高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―



約三週間前、初めてこのお店に来たときには、秘書の緑川さんにストーカーだって勘違いされて相当怪しまれたっけなぁ……としみじみと苦い思い出に浸りながらついていくと、上条さんは店舗横の細い路地で足を止めた。

お店の窓から明かりが漏れてくる裏路地は、ふたりで並んで歩くにしても窮屈に感じるくらいの幅しかなく、人影はない。

白いTシャツに黒い七分丈の薄いシャツを羽織り、下は黒い細身のパンツというシンプルでラフな服装の上条さんに今更ながらドキドキする。

初めて会った日やクルーザーに乗ったときみたいなスーツもとてもとてもカッコいいけれど、こういう普段着も素敵だ。

重ねておいてあるワインケースに上条さんは軽く寄り掛かったので、その一メートルほど手前で足を止めた。

建物の間を抜けてくる夜風が、上条さんの黒髪を揺らしていた。

「上条さん。今日は突然すみませんでした。でも、助かりました。桃ちゃんも楽しそうに笑っててホッとしました。本当にありがとうございます」

こちらに視線を向けた上条さんを見ながら続ける。
ちょうど目線が同じくらいの高さだった。