芽衣に手を振って家に入った。

「おかえり」

「あー、ただいま」

出掛けようとしていた結華ねぇーちゃんが玄関に座り、ブーツの紐を結んでいた。長い髪をくるんくるんに巻いていつになく気合が入っている。

「お父さんが買って来てくれたイタリアのチョコレートあるよ。もうあんたの分だけだから」

「今度はイタリアかよ」

「でもめっちゃくちゃ美味しかったわよ」

靴を脱いで結華ねぇーちゃんの横を通り過ぎるように家の中に入った。

「本当よく買ってくるよなー、毎回大量に」

多忙なとーちゃんは日本だけじゃなく海外出張も多い。その時は必ずおみやげを買って来る。

「家族多いからね、1人1個は必須でしょ!」

「…絶対に1人1個あるんだよな」

もちろんみんなそれを楽しみに待ってるんだけど。

「そうね、ケンカするからね」

紐を縛り終わった結華ねぇーちゃんが玄関に置いたバッグを持った。とんとんっと靴を慣らして髪を掻き上げる。

「じゃあ行ってくるから」

ねぇーちゃんに背を向けたままゆっくり口を開いた。

「…あいつは?」

「え?大志?帰って来たけど、また出掛けてったわよ」

「そっか…」

「うん」

外に出ようと結華ねぇーちゃんがドアノブに手をかけた。

「あいつさ!」

「ん?」

でもちょっと聞いてほしくて、引き留めるように背を向けたまま声を大きくした。

「とーちゃんのおみやげとか、好きなくせに、絶対とっておく癖があってさ」

「うん」

「それどーすんの?って聞いたら、…芽衣にあげるんだって」

とーちゃんが買って来たチョコレートとかプリンとかクッキーとか…
なんなら芽衣には別に用意されていても、昔からそうだった。

「芽衣はたいして好きじゃねぇのに」

「そうね…」

「…でも、笑うから」

全然好きじゃないクッキーもらった時も、絶対食わない饅頭もらった時も、可愛いだけのマカロンもらった時も嬉しそうに笑うんだ…芽衣は。

「その顔が見たかっただけなんだろうな」

「大志は単純だからね」

「…もし、俺が同じことをしてたら芽衣はどうしたかな?」

そのあと芽衣は半分こしようって、大志に半分渡すんだ。

それが無性に羨ましかった。

あんなに物足りないって思ってたのに。

「笑うんじゃない?」

穏やかで明るいねぇーちゃんの声、妙に落ち着いた。

「あんたたちのこと同じだとも思ってなかったけど、差別だってしたことなかったじゃない。ちゃんと、それぞれのこと見てたわよ」

「………。」

「…そーゆうとこが好きだったんでしょ?」

「………うん」

「じゃあ、私出掛けるから!みんなに言っといて!」

ガチャン、とドアの閉まる音がした。

その瞬間つーっと一滴、瞳から涙が流れた。


ずっと見てたからわかっていた。

芽衣が大志のことを見ていることは。


これだけ長い間隣にいたんだ、気付かないはずなくて…

全部わかっていた、こうなることも。


だから、先に言いたかった。

困らせたかったわけでもなくて、関係を壊したいわけでもなくて、ただ大切だなけだった。


俺もあの笑顔を見ていたかった。

それだけだったんだ。