黒瀬はそれだけ言うと、静奈に軽く会釈して歩き出した。
果たして彼女は連絡を寄こしてくるだろうか。
来ても来なくても別に構わない。それで生活が大きく変わるわけじゃない。……自分にそう言い聞かせている途中で服の裾を引かれた。
「待って!」
広大な庭の、ようやく門に差し掛かった辺り。立ち止まって振り返ると、顔を上気させ息を切らせた静奈がいた。
「さ、三十分ください!」
「は?」
「三十分で準備してくるので、このまま連れて行ってもらえませんか」
手の中でぐしゃりと握りしめられたメモ帳を見て、彼女は改めて連絡するまでもなく、黒瀬の助手として働く決意を固めたのだと理解した。
静奈が自分の元に来てくれる。想像以上の喜びが込み上げてきた。
「……わかりました。では、お待ちしています」
かくしてこの日から、静奈は黒瀬の助手となり、同時に共同生活が始まった。



