「戸ノ内 彦五郎(とのうち ひこごろう)」
「っ…!!」
その名前がひょうきんに笑っていた男からつぶやかれると、意識よりも先に身体が動いていた。
ガタッ!と珍しいくらいに音を出しながら席を立ってしまう。
「だろ?君の育ての親の名は」
「……なぜ、知っている、」
こんな賑やかな定食屋であれば周りはそこまで気にしないとしても。
私はただ、どうしてこいつがその名を知っているのかと。
これはもう暗殺者として生きる癖だった。
腰に差した1つへ手を掛け、鋭い眼差しを瞬時に送る。
「小雪、座って。俺は徳川の人間、こんなでも一応は幕府の陰に身を置いている人間だ。情報は嫌でも回ってくるんだよ」
「…父さんは、有名だったのか、」
「そりゃ戸ノ内は幕府と少し関わりがあったっぽいから」
そんな話は初耳だった。
江戸から離れた京の地にて、小さな藩の教育者として生きていた男のはず。
孤児(みなしご)を拾っては暗殺者として育てる───世間から見れば悪人のような立場の人間だ。
だとしても私の“父親”であることには変わりなかった。



