なにを馴れ馴れしく“家茂くん”だなんて言っているんだ。

正気なのか、この男は…。

将軍様を前にあり得ない態度だ。


こいつはどこでもこいつなのかと、今にも逃げてしまいたくなった。

けれど上様も気にしてはいないようで、むしろ自分に対して珍しい態度を気に入っている様子だった。



「景秀、では聞こう」


「なんでしょう?」


「主は小雪のどこに惚れたのだ?」


「うーん、改めて聞かれると迷うなぁ」



………本当にいつもの調子だ。

逆に怖くもなってくる。


それくらいこの男は剣の腕に自信があるのか、それとも上様からの信頼が厚いのか。

どちらにせよ侮れない男なのだと。



「迷う?主は小雪に惚れているのではないのか?なにを迷うことがある?」


「たくさんありすぎて、という意味だよ。嫁を持っている家茂くんなら分かるだろう?」


「あっはっは!成る程な、ただの惚気であったか」



嘘に決まってる。

そんなものに騙されてくれる上様もどうかしていると思った。



「まぁ小雪を見ていれば分かると思いますよ。俺が惚れた理由ってやつは」


「ほう、余は益々小雪に興味が湧いたぞ」


「あぁでも、好きになってはいけないよ家茂くん。そんなのしたら君が和宮姫に殴られてしまうからね」