「そなたが景秀と仲の良い娘か」


「はい。出雲 小雪と申します」


「苦しゅうない、面を上げてくれ」



深く下げた頭をスッと手際よく命令された通りに。

隣に座った景秀は穏やかな顔で然り気なく見つめてくれる。



「わざわざ足を運ばせてしまってすまないな。余は徳川 家茂だ」


「滅相もございません。…誠にありがたきお言葉、心から感謝申し上げます」



それは初めて目に見る将軍の顔。


今まで想像の中で幻影を作ってきたが、思っていたより神々しいわけでもなく。

身なりを変えれば、町を歩く若い庶民と変わらない…なんて第一印象だった。



「景秀とはいつから仲が良いのだ?」


「数年前、私が13のとき。町で不逞浪士に斬られそうになったところを彼に助けて頂いたのです」



それから逢瀬を重ねるうちに、など。

そんなことをした覚えも無ければ、そいつとの出会いは暗殺任務を受け持った何気ない夜だった。


空から雪が降る深い夜。

月が綺麗に輝いていたのは覚えている。



「景秀、薄情ではないか。だったらもっと早くに余へ教えてくれれば良いものを」


「はは、俺だって年頃の男ですから。こんなでも一応恥ずかしさは持っているんだよ家茂くん」