「で?一人でモンモンとして、いつまでも悩んでるってわけだ?」


ぷしゅっ


少し肌寒くなって来た空の下。互いのベランダから顔を覗かせ、缶ビールと缶チューハイを片手に、かつん、と音を立て合わせて乾杯をした後、幼馴染である沙弥香から、盛大且つ冷ややかにそう突っ込まれている、俺。

「うるせぇな。しゃーねぇだろ。こんなん他の誰に言えんだっての」


ごくごく


その言葉を聞いた沙弥香は、二本目である350mlの缶チューハイを勢い良く空けると、はぁー…とこれまた盛大に、溜息を吐く。


「あんた、ほんっとに面倒くさいわね」

「うるせぇ、ほっとけ。んなの俺だって十分分かってるよ」

「ふぅん?じゃあ、なんで他の人に言えないようなこと、私に言ってんの?」


かちん、かちん、


綺麗に揃えられた指先が、持っている缶をリズミカルに叩く。
沙弥香はこちらを向いていなかったけれど、その問いは呆れ混じりにも聞こえる。


「う"…そ、れはだなぁ…」

「…まぁ、どうでもいいけど。あんたの都合でうちの大事なエースを潰したら、ただじゃおかないんよ?」

「わーってるっつーの!はあぁー…なんだかなぁ」


と、そこでジーパンのポケットから少しくしゃくしゃになってしまったタバコを一本取り出して火を付けると、くいくいっと沙弥香が俺の方に指を向けてくる。


「あ?」

「火。ちょーだい」

「…お前、禁煙中なんじゃねーの?」

「いいのよ。付き合ってあげる。だから、ほら。早く、火…」

「んじゃあ…ほら、ライター…」

「あんたのでいいわ」

「は?」


じゅっ


そう言うか否か、沙弥香はさっと俺に顔を近付けて、キスをするかのように、俺のタバコから自分の咥えてるタバコへと火を移した。


ふぅー…


「ほーんと、生徒に惚れるとか。なんなんだろーね?あんたって」

「バカだって言いたいんだろ?ほんとうるせぇな、お前は」

「はぁ?こうして付き合ってやってんだから、ありがたいと思いなさいよ」


そうして、もう一度煙を深く吹き出すと、コクリとチューハイを飲む沙弥香。

その横顔が、いつも見ている沙弥香とはどこか違っていて、何故か急に胸の辺りがちくりと痛んだ。


なんだ、これ?
なんでこんな風に胸が痛む?

俺はその理由が分からず、頭の中に疑問符をいくつか並べて、チビチビと残りのビールを飲んだ。


「なんかさ、あんたが…真弦が、そうやっていつまでも悩んでるとこっちも色々と調子狂うのよねぇ…。だから、さっさとなんとかカタ付けて、いつもの真弦に戻んなさいよ。…んじゃあ、寒いから部屋に戻るわ。あ、火…ごちそうさま」


そう語尾にハートマークを付けて言ってから、部屋へと戻ってしまう沙弥香。
それになんとなく寂しさを感じながらも、小さく「おぅ」と返事をすると、俺は漸く出てきた月を見上げて、二本目のタバコに火を付けた。


ほんと、気付かない内に周囲のヤツらは着々と自分に見合ったフェイズを進んで行っているというのに、俺はなんなんだろうな。
全く"ココ"から抜け出せないでいる。


…もどかしい、世界…。


人を好きになって、人に好かれて。
こんなにも苦い想いをするのは、人生でほんとお初だっつーの。


ふー…


長い長い溜息を紫煙と共に吐き出して、俺は短くなったタバコをとうの昔に空になっていた、ビールの缶にすとんと入れると、月を背にして自分の部屋にへと、戻った。


後は、全てをこの目で見守ることに集中することにして…。