ハリーが懊悩しているとクゥは鼻で笑った。
「失神しなかっただけで魔術師と判断するなんて笑止千万。この世に肝の据わった令嬢が一人いてもおかしくはない」
 そう一蹴したところで、エオノラを庇ったことに気づいたクゥは内心戸惑った。
 どうして自分がエオノラを庇うのだろう。
 別に庇ったところでまた毎日屋敷に来られるだけなのに。嫌ならハリーに同調し、彼女は本当の姿が見える力を持つ魔術師だと言って、魔術院へ連れて行ってもらえば良かったのに。
 クゥが自分の行動に驚いていると、指摘されたハリーが膝を打った。

「それもそうだな。この世にはいろんな人間がいる。万人が万人、クリスの顔を見て失神するとも限らない。もしも魔術師なら鼻が利く魔術院が動き出すだろう」
 魔術師と判断される基準は様々だが、一番は物を浮かせることができるかどうかだ。これは魔術に目覚めた人間に最も多い傾向で、魔力テストにも採用されている。
「貴族令嬢なら間違いなく幼少期に魔力テストを受けているだろうし、今更力が目覚めることはないはずだ」
 ハリーは改めて椅子に座り直すと真っ直ぐクゥを見つめた。

「ルビーローズが花を開けば呪いは解けると言われている。だが歴代侯爵の誰もその答えには辿り着けなかった。それでも、花を咲かせる方法を探し続けるのか?」
 不安げな眼差しを受けてクゥは力強く頷いた。
「もちろん。私は死ぬまで諦めない。こんな想いをするのは私の代までで充分だ。――ところで、そろそろ例の薬を渡してくれないか?」
 クゥの視線の先にはハリーが持ってきた鞄がある。
 ハリーは鞄を開けて薬瓶を一本取ると蓋を開け、縁のある皿にそれを流した。
「十回分を持ってきた。身体への負担も大きいから、間隔を空けて服用してくれ」
「分かっている」
 クゥは皿が目の前に置かれると、それを飲み始めた。
 最後の一滴まで飲み終えた頃には、狼の姿はどこにもなかった。