仕事に追われるリックは「忙しい」「疲れた」「ゆっくりしたい」と頻繁に口にしていた。外に出ることは彼にとって苦痛に違いないと考え、彼が外の誘いをしても無理をしているのだと思って断っていた。
 屋敷の応接室で会話をするだけに留めていたのはそれが好きだったからではなく、彼の体調を気遣ってのことだった。しかしその気遣いは却って裏目に出てしまったらしい。

(どんな言葉を並べても、リックの耳に私の声はもう届かないわ)
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 この場で泣いて良いのなら自分だって泣いてしまいたい。
 リックがさめざめと泣くアリアの肩を抱き、指で涙を拭う。その光景を目の当たりにした途端、エオノラの中で何かが壊れる音がした。
 数歩後ろに下がると踵を返す。そして、会場である中庭には戻らずに一人で屋敷を飛び出した。