ホルスト男爵が帰ると、程なくしてゼレクも王宮へ戻ることになった。まだ週末までにやるべき仕事が残っているのだという。
 エオノラはジョンや使用人たちと一緒に玄関でゼレクを見送る。
「それじゃあエオノラ。俺は王宮に戻るけど、何かあればすぐに連絡をよこすんだよ」
「はい、お兄様。だけど私は大丈夫だから。お仕事頑張って」
 ゼレクが困った表情を浮かべて肩を竦める。
「できるだけ週末は帰るようにするから。無理しちゃ駄目だよ。暫くはお茶会にもでなくていいから」
 心配するゼレクは最後までエオノラを気遣う言葉を掛けると、手を振ってから馬車に乗り込んだ。すぐに御者がかけ声を上げると緩やかに馬車が動き出す。
 微笑みを浮かべたエオノラは、ゼレクを乗せた馬車が見えなくなるまで玄関で手を振った。しかし馬車が消えた途端、微笑みはすうっと消えていった。


 独りになると、また誕生日パーティーのことを思い出して憂鬱になる。そもそも修羅場の現場となったのが自身の屋敷というのは辛いものがあった。
 思い出したくもないのに、あまりにも強烈だった記憶はふとした瞬間に蘇る。
「お嬢様、これを使ってください」
 そう言って一人の侍女がハンカチを差し出してくれた。彼女はエオノラ付きの侍女・イヴだ。三つ程年上の彼女は幼い頃から仕えてくれている。

 エオノラはハンカチを差し出されて首を傾げると、そこで漸く目から涙が零れていることに気づいた。