(リック、私の時は忙しいと言ってあまり会ってはくれなかったのに……)
 胸の辺りに鋭い痛みを覚えたエオノラは膝の上に置いていた手を強く握り締める。

 リックとは誕生日パーティー以降、一度も会っていない。
 ゼレクが二度と敷居を跨がせないと宣言していたが、本人が会いに来るかどうかはまた別だ。謝罪で訪ねてくれることを少しだけ期待していたが、それもただの期待で終わってしまった。

 男爵の話を聞く限り二人はかなり親密な関係のようで、ことごとく自分に興味がなかったのだと思い知らされる。
(叔父様は王国に戻ってきたばかりだし、そもそも私とリックの婚約自体も知らないわ。婚約はもう解消されたたんだから、悲しい顔をしていては駄目。不審がられる)
 心の中で自分を叱りつけると、泣き出しそうになる自分を奮い立たせた。

 男爵が興奮して鼻息が荒くなっている一方で、ゼレクは無理矢理笑顔を貼り付けて感情の籠もっていない声で言う。
「へえ、あのアリアが。それは大変喜ばしいことですねえ」
「いやあ、実に喜ばしい。社交界デビューもまだなのにこんなに幸運なことがあるとは! エオノラにも素敵な殿方が現れることを願っているよ」
「……そうですね。出会いがあることに期待します」
 エオノラはぎこちなく微笑むことしかできなかった。幸い男爵はエオノラの様子がおかしいことには気づいていないようで終始、愛娘の幸運にご満悦なようだった。
 その後はゼレクが上手く話題を変えてくれたのでアリアとリックの話は流れていった。しかしエオノラは気が漫ろになって、その後の会話をあまり聞いてはいなかった。