「エオノラ! 目を覚ましてくれ!!」
 耳元で叫ぶような声が聞こえ、エオノラは眉根を寄せて目を開いた。
 目の前には青年の姿に戻ったクリスが必死の形相をしている。
「……ク、リスさま」
 エオノラが声を掛けるとクリスの表情がくしゃくしゃと歪んでいく。
「エオノラ!!」
 ゆっくりと上体を起こすとクリスに力強く抱き締められた。

「呪いは解けたんですね……良かった……」
 その言葉にクリスは「良くない!」と反論してさらに抱き締める力を強めてきた。
「……ずっと呪いに自我を呑み込まれて暗闇の中にいた。徐々に自分という存在が曖昧になっていく中、エオノラの声だけが鮮明に聞こえたんだ。お願いだから私のために命をなげうつなんてこと二度としないで欲しい。あの言葉を聞いて心臓が凍る思いだった」
「あの時の言葉に嘘偽りはありません……ですが、心配をお掛けしてすみませんでした」
 クリスの背中に腕を回したエオノラは彼の耳元で囁いた。顔は見えないが鼻を啜る音が聞こえたのでもしかしたら泣いているのかもしれない。


 一先ず状況を確認するために、エオノラは周りを見回した。
 側にはエオノラが目を覚まして一安心するハリーが立っていて、別のところには自害しようとして使ったガラスの破片が転がっている。
 そして自分の右手が何かを握り締めていることを思い出して視線を向けると、手には美しく花開くルビーローズの枝があった。
 まじまじと見つめていると、ルビーローズの声が頭に直接響いてくる。


 ――私に、愛を教えてくれてありがとう。


 その言葉と共に、ルビーローズのリンリンという音はとうとう鳴り止んだ。
「花が……咲いてる」
 思わず口をついて出た言葉だが、それに気づいたハリーはエオノラと同じ目線になるようにしゃがんで、ことの顛末を話してくれた。