「お兄様、お帰りなさい。平日に屋敷に戻ってくるなんて珍しいわね」

 ゼレクは王宮で宰相補佐をしているため非常に多忙だ。特にこの一年程は週末になってもほとんど帰ってこない。会えない日より屋敷に帰ってきた日を数えた方が早いくらいだ。
「ただいまエオノラ。王宮暮らしをせずにたまには我が家に帰らないとね」
「帰ってきてくれて嬉しい。あと、頼まれていたペリドットの鑑定だけど、これは呪われていないわ。以前の持ち主たちに立て続けに不幸が起きたのは単なる偶然よ」
 ゼレクは「そうか」と言って頷くと、きっちりとした正装に疲れたのか上着を脱いだ。続いて物憂げな表情になると椅子を引いて腰を下ろす。


「実は今日の仕事は休んでいたんだ。それで、ついさっきまでキッフェン伯爵と会っていた」
「えっ……」
 たちまちエオノラの表情が曇った。
 数日前の誕生日パーティーで化粧室を飛び出した時、ゼレクがそれを見ていたらしい。そして彼は化粧室の中の様子を確認してしまった。
 怒り狂うゼレクはリックとアリアの二人に罵声を浴びせながら屋敷から叩きだし、さらに二度と敷居を跨がせないと招待客の前で宣言した。
(あの日以来、お兄様は私に何も言ってはこなかったけど。キッフェン伯爵と今後についてきちんと話し合いを行っていたのね)
 当然と言えば当然のことだ。

 エオノラがちらりとゼレクの様子を窺うと、彼は小さく溜め息を吐きながら前髪を掻き上げた。
「キッフェン伯爵から謝罪と婚約解消を申し込まれた。今回のことでエオノラに悪い噂が流れないように立ち回ってくれるそうだ」
 水面下で進めていた二人の婚約は誕生日パーティーで()()()発表する予定だった。よって、ここで婚約が解消されても社交界への影響はない。とはいっても、エオノラとリックが婚約していたことはある程度周知されているので、表向き影響がないだけで裏で噂が立つことは必至だ。