ゼレクが仕事へ行った後、エオノラは自室で祖母の日記帳を読むことにした。
「結局、お祖母様の力を借りる前に社交界デビューは無事に終わってしまったわね」
 このところ自分の気持ちの整理やらデビュタントの打ち合わせやらで大忙しだったため、まったく手を付ける余裕がなかった。とはいえ今から読んでおいても損はないはずだ。
 前回数日分だけ読んでいたので次の日から目を通していく。
 ところが、前回の日付以降で綴られている内容には社交界のことは一切触れられていなかった。
 そこにはもっと重要なことが書かれている。


 ――お気に入りの帽子が風で遠くまで飛ばされた。走ってなんとか帽子を捕まえることができたけれど、そこで助けを求める石の声が聞こえてきたわ。だから不気味なお屋敷の中にこっそり入ってみたの。そうしたら青年と出会ったわ。彼は自らをラヴァループス侯爵と名乗った。だけど噂とは全然違っていて、その姿は普通の青年だった。


 エオノラは驚いて「えっ」と声を上げた。
 何とも言われぬ興奮が背筋をぞくりと走り抜ける。
(……これはどういうこと? お祖母様もルビーローズの声を聞いて死神屋敷に侵入したの? それからお祖母様にも侯爵の本当の姿が見えていたってこと?)
 たくさんの疑問が湧いてくるが、一旦それらを脇に置いて続きを読んでいく。
 祖母は先代侯爵とルビーローズがきっかけで親しくなった。しかも当時も屋敷では狼が飼われていたらしく、祖母は大層可愛がっていたようだ。
 日記帳には侯爵や狼と一緒に過ごす時間はとても楽しく飽きないと綴られている。
(お祖母様と先代侯爵はとても仲が良かったのね)
 祖母と先代侯爵の関係が今の自分とクリスよりも親密で少しだけ羨ましくなる。
 次の頁に目を通すとルビーローズのことについても綴られていた。