エオノラは声なき悲鳴を上げたが、狼が噛みついてくることはなかった。
 それどころかくるりと背を向けて「ついてこい、こっちだ」と言うようにこちらを一瞥してくる。

 狼が前を向いて歩き出したので、慌ててエオノラは後を追う。
 時折、エオノラがついてきているか窺うようにちらりと視線を投げてくるが狼が襲ってくる気配はなかった。
 そうこうしているうちに庭園の隅まで辿り着く。


 樹木の後ろにある鉄柵のうち一本を狼が咥えて持ち上げるとそれはするりと抜けた。空いた幅は小柄な人間なら通れるようになっている。
(もしかして助けてくれたの?)
 まさかの行動に理解が追いつかないエオノラは面食らう。しかし、これ以上ここで考えを巡らせても仕方がなかった。
「……あの、どうもありがとう」

 エオノラはお礼を言って柵をくぐり抜けると道に出た。
 鉄柵を地面に置いた狼はエオノラが敷地外に出たことを見届けると、琥珀色の目を細める。やがてこちらに背を向けると、屋敷の方へと駆けていった。