「勝手に侵入してごめんなさい。私は泥棒に入ったわけではないし、度胸試しをしに来たわけでもないのよ。バラの香りに誘われて入ってきてしまったの」
 石の音に誘われたが嘘はついていない。
 狼は人間の言葉が分かるのか『それで?』というように胡乱げな視線をこちらに投げかけてくる。

「こ、この庭園はとっても素敵だわ。こんな時期にバラを見るのは初めて。ラヴァループス侯爵の庭師は腕が良いと思うわ。だって花が生き生きしているし、愛情が感じられるもの。一度で良いから会ってみたい」
 庭園を絶賛したところで意味がないことは分かっているが、妙案は思い浮かばず、それが今の正直な感想だった。
(このままだと別の意味で二度と家に帰れないかもしれないわ。一体どうすれば良いの)
 額に珠のような汗をかいて逡巡していると、外から馬車の車輪音が聞こえてくる。


 この辺りの道を使う人は誰もいない。何故なら死神屋敷へ繋がっているだけで、その先には人が住める屋敷はない。あとは野原が広がっているだけだ。
 エオノラはごくりと生唾を飲み込んだ。