「きゃあっ!?」
 茂みから飛び出した黒い影に驚いてエオノラは悲鳴を上げる。
 敏捷な動きですぐに向かい側の茂みの中へと隠れたのでそれが何かは分からなかった。
 エオノラは首を傾げて様子を窺うと、茂みの奥から琥珀色の双眸がじっとこちらを睨んでいる。さらには犬の唸り声のようなものまで響いてきた。
(もしかして侯爵は番犬を飼っているの?)
 小さい頃、領内で大型犬を飼っていたので扱いには慣れている。
「おいで、怖くないわよ」
 優しい声色で話しかけるも、相手は唸り声を上げたままぱっと飛び出して姿を現した。


 触りたくなるようなふさふさの尻尾とピンと立つ三角の耳。毛並みは青みがかった白銀の珍しい色だが艶やかで美しい――が、それはどこからどうみても獰猛な狼だった。
「……っ!! まさか犬じゃなくて狼を飼っているなんて!」
 予期せぬ展開にエオノラは周章狼狽する。
 威嚇してこちらを睨めつけてくる狼は歯を剥き出しにしてどうやっていたぶってやろうかと彷徨きながら、徐々に間合いを詰めてくる。
「わ、私を食べても美味しくないわ」
 後ずさりしながら両手を小さく挙げると、落ち着くように促した。