「……クゥン」
 クゥは大人しく椅子から降りると、悲しそうな目でこちらを見つめてくる。
「ねえ、クゥ。私……どうしたら良いの? どうすれば良かったの?」
 気づけばクゥに語りかけていた。相手は狼だ。話したところで理解してくれるだろうか。
 しかし、自分の中にこれ以上黒い感情を押しとどめられる気力はない。それなら世間も貴族社会も関係ないクゥに話してしまえばいいのではないか。
 そう思うともう止まらなくなった。


「私ね、婚約者に浮気されてその相手が従妹だったの。大切な二人から同時に裏切られて、同時に失ってしまった。だけど終わってしまったことをああしていれば、こうしていればと考えても、もとには戻らないから。だから前に進もう。私は大丈夫、私は平気って何度も言い聞かせたの。だけどもちっとも平気になれないの。前に進めないの。私、これからどうしたらいい?」
 エオノラの心はあの日以来、リックとアリアの二人が抱き合っている瞬間に囚われてしまっている。抜け出そうとどんなにもがいても黒い影が伸びてきてエオノラをあの日へと閉じ込めるのだ。
 鼻を啜りながら話し終えたエオノラはタオルで涙を拭いた。
「ごめんなさいクゥ。難しい話をしてしまったわね」
 エオノラは無理矢理クゥに笑いかけた。これ以上困らせるわけにはいかない。