エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

「澪!」

 ここで聞こえるはずのない声がして、私はなにがなんだかわからず固まった。しかしすぐに振り返ると、人混みからひとつ頭が飛び出ている人を見つける。

 もちろん、それは文くんだ。

「えっ、な、なんで?」
「もうすぐかなと思って迎えに来た」

 彼は私のもとに来て、車のキーを見せる。

 確かに今日のことは事前に伝えてはあったけど、迎えに来てくれるような話は一度もなかったのに……。

 困惑している間に、私以外の三人がビジネスライクに挨拶を交わし始めていた。

「いつも澪がお世話になっています。わたくし天花寺と申します。澪とは……まあなんというか、家族みたいなもので」
「こちらこそ大変お世話になっております。私はムーンアーツ出版の結城と申します」

 結城さんが名刺を渡し終えると、今度は金子さんが同様に名刺を差し出して言う。

「私は金子です。失礼ですが、天花寺って言いますと……もしかして社団医療法人の?」

 金子さんは私に対する時と一緒で、グイグイとくる。なんだかものすごい文くんに興味を抱いているっぽい。

 確かに文くんの名字……『天花寺』はあまり多くない名称の上、大きな病院を抱えているグループだから認知度は高め。それゆえ、どうしても相手に強い関心を持たれる。

 ハラハラして文くんを見つめていると、彼はまったく動じずに微笑んだ。

「はい。祖父が理事長を務めております」
「やっぱりそうでしたか!」

 金子さんが言い終えるとほぼ同時に、私はつい我慢できずにくしゃみをしてしまった。

 実は外に出た時から肌寒くて我慢していた。パーティースタイルだとどうしても薄着になりがちだ。

「す、すみませ――」

 話の腰を追ってしまったと頭を下げた瞬間、文くんにふわりと肩から上着をかけられた。
 文くんの匂いに包まれ、思わず意識して頬が熱くなる。

「その格好で外にずっといると風邪をひく。パーティーも終わったようなら帰ろう」
「あ、はい。もうパーティーは済みました! 本日はご参加くださりましてありがとうございました」

 文くんの声かけにいち早く反応したのは結城さん。
 私はおどおどとしながらも、結城さんと金子さんに向かって挨拶をする。

「は、はい。こちらこそ、本日はありがとうございました。お先に失礼させていただきます」

 私はふたりの視線を一身に受けつつ、文くんと一緒にその場を後にした。