エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

「私、時々公園でぼーっとするの。空見上げてたら、あっという間に数時間過ぎたりしてて驚くんだ」
「数時間って……」
「大体が仕事で煮詰まっちゃったり落ち込んだりした時の気分転換なんだけどね。だけど、きっかけはそうでもいろいろと考えを巡らせていくうち、どんどん他のことにも紐づいていって、キリがなくなるっていう」
「まさか青空が真っ暗になるまでやってるんじゃないだろうな」

 呆気にとられた様子で返されて、私はクスッと笑った。

「さすがにまだその経験はないよ」
「まだ……って。本当、ミイは放っておけないな」

 文くんが軽く額を押さえて零した言葉が、微かに胸に刺さる。
 その『放っておけない』が、もっと特別な意味であったらよかったのに。

「二十四にもなって、いろいろ煩わせてごめんなさい。でももう平気だから。失敗や過ちは繰り返すと思うけど、ちゃんとひとりでやれるから」

 私は取り繕って笑顔で答え、すっくとベンチから立ち上がる。おもむろに文くんからもらった腕時計を見て再び口を開いた。

「わ。もうすぐ二時になっちゃうんだ。そろそろ移動す……」

 荷物を持とうとした瞬間、突然手首を掴まれた。
 驚きのあまり言葉も止まって、座っている文くんを凝視する。

「――あ……その、うん。そうだな。行こうか」

 文くんはパッと手を放し、何事もなかったようにベンチを立った。

 ……なに? 今の。すごくびっくりした。

 私は心臓が忙しなく跳ね続ける中、平静を装って文くんの一歩後ろをついていく。数メートル足を進めたところで、急に文くんが止まった。

「忘れてた。はい」

 そう言って手を差し出してきたのを見て、慌てて首を横に振る。

「え? あ! いいよいいよ。大丈夫。ちゃんと気を付けるから」

 私がふらふら歩いていて保護者的な使命感を与えてしまったんだと思うと、些か申し訳ない。

「いいから」

 丁重に断るも文くんは手を引っ込めず、さらに伸ばしてきた。再度触れられた途端、またもや動悸がして気持ちが舞い上がる。

 期待しちゃだめとずっと胸の中で唱えながら、私はその後文くんとスーパーに立ち寄ってマンションへ帰宅した。