エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

「乗りかかった舟だし、なにか悩んでるなら聞くよ。助けてあげられるかどうかは別として。話したら楽になることもあるだろうし。もちろん言いたくないなら無理強いはしない」

 直後、リビングは水を打ったように静まり返る。
 私は瞬きもせずに真美ちゃんを見つめ返し、頭の中でぐるぐると考えを巡らせる。

 この前の時からずっと、胸に靄がかかったまま。それはついさっきもそうで、居た堪れない気持ちが溢れて消えてしまいたくなるくらいだった。

 真美ちゃんは今私が抱えている悩みや感情を聞いてくれる相手として十分すぎる人。

 正直もうそろそろひとりで耐えられなくなりそうだった。

 弱っている私は、誰かに寄りかかりたい一心で真美ちゃんにこれまでの経緯を端的に説明した。
 文くんとは交換条件的な流れでこうなっているということを。

 すると、真美ちゃんは大きな目をさらに見開いて仰天していた。

「つまり成り行きで結婚前提の偽装の恋人になってるってことか。あいつも酷な……」
「だけど私も同じことお願いしてるわけだし。っていうか、先に言い出したのはこっちだし……」

 私は心の中では泣きながら、必死に笑顔でそう答えた。その時、真美ちゃんが私の手に触れた。

「どうせなら、ミイちゃんの気持ち全部ぶつけなよ。最初で最後だって思いで過ごしてるんでしょ? 本音晒して長年の想い清算させて、また新しい恋すればいいんだよ。あっ、これじゃあ玉砕確定みたいだよね。いや、可能性ゼロではないから」

 真美ちゃんの手とまなじりは温かく、うっかりすると涙腺が緩みそうになる。
 私はスッと手を引っ込めて、苦笑交じりにつぶやいた。

「確定だよ。この間、ほぼ拒絶されたし……」
「拒絶? 文尚がミイちゃんを?」

 信じられないとでもいった反応をする真美ちゃんに、私は乾いた笑いを漏らすしかなかった。

「私のためなら結婚できるけど、自分のために私と結婚するのは無理なんだって」

 ひとりごとのごとく零すと、真美ちゃんは眉根を寄せて首を傾げる。

「ん? どういう意味?」
「……もし私がなにかに困って必要に迫られた時は入籍しても構わないって言ってくれたのに。私が助けてあげたいって思うのは迷惑みたい」

 細い声だったけど、彼女には届いていたようで一瞬固まったのがわかる。

 真美ちゃんは「そう」とひとことだけ言って、もう一度私の手を握った。